新型コロナ禍の休業補償をめぐる法的論点
新型コロナ禍で問題となっている「休業補償」について実態と法的論点を日本労働評議会の顧問である指宿昭一弁護士が解説します。
労働基準法26条の休業手当支払い義務
労働基準法26条は、以下のように定めています。
(休業手当)第26条 使用者の責に帰すべき事由による休業の場合においては、使用者は休業期中当該労働者に、その平均賃金の 100 分の 60 以上の手当を支払わなければならない。
例えば、タクシー事業者に対しては、都道府県知事から施設使用停止等の「協力の要請」(新型インフルエンザ等対策特別措置法24条9項)や「要請」(特措法45条2項)が出されたわけではありませんから、休業は、会社の経営判断で行ったものであることは明らかであり、「使用者の責に帰すべき事由による休業」にあたります。
よって、会社は、「平均賃金の 100 分の 60 以上の手当」を支払う法的義務を負います。これに違反した場合、罰金20万円以下という罰則の適用もあります(労基法120条1号)。
なお、他業種で、施設使用停止等の「協力の要請」や「要請」が出されている場合でも、あくまでも「要請」なので、(法的には)休業するかどうかは会社の判断で行うことであり、休業した場合には「使用者の責に帰すべき事由による休業」にあたると考えます。
また、「指示」(特措法45条3項)が出た場合でも、労働者を自宅勤務などの方法により業務に従事させることができるか、他に着かせることができる業務があるかを検討すべきであり、そのような可能性があるのに労働者に休業を命じたとすれば、「使用者の責に帰すべき事由による休業」にあたることになります。
なお、労基法26条は、平均賃金の60%「以上」の手当の支払を義務付けているのですから、60%を超える部分も同条の休業手当に当たります。
民法536条2項による休業時の支払い義務
民法には、以下の規定があります。
(債務者の危険負担等)第536条
第2項1文 債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができない。
労働契約の場合、「債権者」とは使用者のことです。
使用者の「責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったとき」には、使用者は「反対給付」すなわち賃金の支払を拒むことができないということです。
これは、100%の賃金を支払わなければならないという意味です。
ここでいう「賃金」は、「平均賃金」(労働基準法12条1項)ではなく、賃金そのものです。歩合給の場合は、1年間(就労期間が1年未満の労働者は、就労期間)の賃金の平均を、支払うべき賃金とすべきです。
労基法26条と民法536条2項の違い
労働基準法26条と民法536条2項1文は、ほとんど同じ状況について、前者は使用者に60%以上の平均賃金の支払いを命じ、後者は100%以上の賃金の支払いを命じています。
労基法と民法では、2つの相違点があります。
(1)要件の違い(相違点①)
労基法26条の「使用者の責に帰すべき事由」は、「使用者側の領域において生じたものといいうる経営上の障害など(地震や台風などの不可抗力は除く)」という意味です。
これに対して、民法536条2項本文の「債権者の責めに帰すべき事由」は「故意、過失またはこれと同視すべき事由」という意味です。
民法よりも労基法の「事由」の方が広いとされています。
(2)罰則の有無(相違点②)
もう一つの違いは、労基法の違反には罰則があるのに対して、民法の方は罰則がないことです。
労基法26条には違反せず、民法536条2項に従って支払いをしていない場合には、罰則はなく、法的な支払い義務のみが生じるということになります。
また、労基法は行政による取り締まり放棄という意味もあるので、労基法違反の場合は労働基準監督署による行政指導(是正勧告など)の対象になります。
労基法26には違反せず、民法536条2項に従って支払いをしていない場合には、労基署は行政指導ができません。
ただし、賃金全額を支払っていないという意味で、労基法24条1項違反が成立するので、その意味で労基署は行政指導をすべきです。
「平均賃金の 100分の 60 以上」(労基法26条の休業手当)の問題点
労基法26条は休業手当として「平均賃金の 100分の 60 以上」を支払うことを義務付けていますが、この「平均賃金」の定義は労基法12条1項に規定されています。
(定義)
第十二条 この法律で平均賃金とは、これを算定すべき事由の発生した日以前三箇月間にその労働者に対し支払われた賃金の総額を、その期間の総日数で除した金額をいう。ただし、その金額は、次の各号の一によつて計算した金額を下つてはならない。
一 賃金が、労働した日若しくは時間によつて算定され、又は出来高払制その他の請負制によつて定められた場合においては、賃金の総額をその期間中に労働した日数で除した金額の百分の六十
二 賃金の一部が、月、週その他一定の期間によつて定められた場合においては、その部分の総額をその期間の総日数で除した金額と前号の金額の合算額
2 前項の期間は、賃金締切日がある場合においては、直前の賃金締切日から起算する。
つまり、次の計算式になります。
平均賃金=3ケ月の賃金の総額÷その期間の総日数
例えば、月給30万円の労働者の平均賃金は以下のように計算されます(賃金締切日月末、休業開始4月1日。1~3月の総日数を90日とする。)。
平均賃金=30万円×3月÷90日=1万円
この労働者の4月の出勤日が20日だとすると、休業手当は以下のように計算されます。
休業手当=1万円×20日×60%=12万円
つまり、月給が30万円なのに休業手当は12万円(月給の40%)にしなからないのです。
このような判断になってしまうのは、行政解釈が「休日と定められている日については、休業手当を支給する義務は生じない。」(昭和24.3.23基収4077号)とされているためです。
つまり、労基法26条の休業手当は、実質的に労働者の賃金の4割程度の支払を義務付けるものにすぎず、これでは労働者は到底生活ができません。
労働組合で入って会社と交渉しよう
「休業補償」については、このように法律では、実質的には労働者の4割程度の支払いを義務付けるものでしかありません。
当然、労使間の交渉によって満額支給をすることもできますが、その判断は使用者に自主性によって決められてしまいます。
個人での交渉で、進展しない場合や、あるいは、そもそも1円も支払わないと撥ね退けられるといったケースの場合は、労働組合が間に入って会社と交渉することが有効です。
日本労働評議会でも、ロイヤルリムジングループとの交渉をはじめ、実際に休業補償の支給や金額を巡って交渉を行っています。
「休業補償」に関して疑問や、不満、不安がある方は、一度ご連絡ください。