労評組合員がアートコーポレーション(アート引越センター)提訴に至るまで
アートコーポレーション(アート引越センター)を提訴
2017年10月11日、アートコーポレーション(株)横浜都筑支店に務めていた元社員3名が、未払残業代の支払い、引越事故賠償金の返還、加盟していない労働組合費の天引き分の返還等を求めて横浜地裁に提訴しました。
3名の訴額は、376万円余ですが、引越事故賠償金返還については、今後会社から資料を提出させた上でさらに請求を拡大する予定です。
長時間働いても残業代が少ないことに疑問
原告3名が労評に加盟したきっかけは、「残業代がどうも少ない。会社が操作しているのではないか?」と疑いを持ち、ビラを配っていた労評員に相談をしたことが始まりでした。
労評で事情を聞いてみると、残業代の不正操作以外にも様々な違法行為が行われている実態が明らかになり、3名が労評に加入し、アート資本と団体交渉を行うことにしました。
3度の団体交渉を行うも決裂
団体交渉は3回に渡って行われました。アート資本は、未払残業代については、残業時間の改ざんを行っていたことを認めた上で、「別の手当に付け替えて支払っているので、基本的に未払いはない。」と回答してきました。
また、引越事故賠償金については、「会社が決めた制度通りに運用がなされていなかったので、返還するが、会社が顧客に弁償した分については、別途賠償金を請求する。」「引越事故賠償金の返還請求は、労働債権なので2年分までしか返還しない。」と回答してきました。
まず、未払残業代については、「別の手当に付け替えて支払っているので、基本的に未払いはない。」との回答でしたが、会社が提出した資料の始業・終業時間に基づいて計算しても、会社が主張する業務時間よりも1日当たり20分~数時間程度多い時間働いていたことがわかりました。つまり、1日当たりの労働時間を少なくして賃金計算をしていたことになります。
この時間の差については、なぜそのような計算になるのかを訴訟の場で明らかにしていきます。
アート引越センターの「引越事故損害賠償請求」という大問題
次に、アート(株)の引越事故損害賠償請求については、大きな問題があります。
第1に、使用者は、業務の通常の課程で生じた損害については、労働者に対して損害賠償を請求できないとするのが判例実務上の取り扱いです。
例えば、ファミレスでアルバイトする学生が、コップ1個、お皿1枚を割ったとしても、弁償しろとはいわれないのが通常の会社です。
それは、業務の通常の過程で生じる損害は、経営上の費用として計上するのが当たり前だからです。
そしてこの原則からすると、「業務の通常の課程で生じた損害」よりも大きな損害が生じたとしても、全額を労働者に負担させることはできず、労働者の過失の程度や労働環境、使用者側の配慮の程度等が総合的に勘案されて、かなりの程度労働者に請求できる賠償額が制限されます。
ところが、アート(株)では、36協定で決められた残業時間の上限が、1ヶ月195時間を年2回、1ヶ月110時間を年4回、年間で1100時間(平成26年度、27年度)という過労死ラインを遙かに超える異常な長時間残業が労使間で決められていました。
さらに現実には、原告3名の年間残業時間は、各自1250時間を超えており、36協定に違反するような過酷な長時間労働が日常化していました。
原告のAさんが語った当時の状況では、「忙しい時期ではなくても朝7時から仕事を始め、夜は9時、10時までかかるのが当り前。繁忙期には午前2時、3時まで仕事をして、寝る時間がない。子どもと遊ぶことも出来ず、妻からは“辞めてくれ”と言われた。体もキツイ」と過酷な労働実態が日常化していました。
このような労基法に違反する異常な長時間残業を強いておきながら、引越作業で物を破損すると1件あたり3万円の限度で賠償金を徴収することは絶対に認められません。
第2に、アート(株)の引越事故損害賠償請求では、「リーダー」に責任があることを確認しないまま、顧客から引越事故のクレームがありアート(株)が顧客に損害賠償金を支払うと、賠償金を徴収されていました。
つまり、法律的には、原告らが損害賠償をアート(株)にする必要がない場合にまで、事実上強制的に賠償金を支払わされていたという事です。
アート(株)では、その場合、業務リスクの負担を全て労働者に追わせて、自分が支払うべき賠償金相当額の負担を組織的に免れていた訳です。
第3に、アート(株)では、原告ら労働者へ引越事故損害賠償金の請求を、「引越事故責任賠償制度」という社内で規定した制度に基づいて行っていました。
ところがその制度の規程によると、「引越事故に関し、リーダの責任と権限を明確にする」、「当該引越作業のリーダーに責任がある場合に限り、リーダーは・・・・損害賠償を一定の限度で負担する」とされているにもかかわらず、リーダーに本当に責任があるのかどうか、リーダーが賠償責任を負うような故意・過失がある引越事故なのかを問うことなく、責任賠償金を支払わされていました。さらに、事故処理手続きとして、「事故報告書」を作成し、「リーダーは責任賠償金の支払いに同意するときは、『事故報告書』に、自己の責任を認めて責任賠償金を支払う旨を記載し、署名、捺印の上、会社に提出する。」ことになっていました。
しかし、実際には、アート(株)にはそのような「事故報告書」は存在せず、この手続きが欠けていました。
つまり、アート(株)では、自社が定めたルールを無視して、原告ら労働者に「引越事故責任賠償」金を支払わせていたのです。これは明らかに無効な損害賠償金の徴収です。
第4に、「責任賠償金の支払い方法」は、アート(株)の「引越事故責任賠償制度」の規定上は、「その都度現金で支払うものとする」のが原則で、例外として「本人の申出により給料からの天引き」により清算する場合には、「引越事故責任賠償金・天引き依頼書」を作成し、人事総務課に提出するものとされています。
原告らが勤務していた横浜都築支店では、「引越事故積立金」なる名目で、1日当り500円を月の給与から天引きして、強制的に徴収していました。これはもちろん賃金全額払いの原則(労基法24条1項本文)に違反する違法な取り扱いです。
アート(株)で行われている引越事故の損害賠償請求は、アート(株)だけの問題ではなく、引越業界全体で広く行われています。労働者に帰責性があるか否かをに関係なくい、一定額を損害賠償として徴収するなど、民法の判例実務が築き上げてきた使用者の労働者に対する損害賠償求償権の制限を無視するとんでもない暴挙です。
労働者の労働により利益を上げておきながら、リスクは労働者に負担させようという厚かましさを許しておくことはできません。
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